仙台高等裁判所 昭和59年(う)156号 判決
所論は,「被告人が原判示被害者を姦淫する意思を有していたかは疑わしく,同女に対してその反抗を著しく困難にする程度の暴行を加えた事実もないうえに,被告人の暴行と被害者の原判示右下腿伸外側部皮下出血及び両下肢不完全麻痺等の傷害との因果関係につき合理的な疑いを容れない程度に証明されたとはいえないのに,原判決が,信用性のない被害者の原審公判廷における供述及び被告人の捜査官に対する各供述調書を採用するなどして,被告人の原判示強姦致傷の事実を認定したのは,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認である」というのである。
そこで,まず原審証人被害者の供述の信用性について検討すると,(中略)同証人の供述は,後記の「両下肢不完全麻痺等」の傷害を負ったとの点を除き,十分信用に値するものというべきである。次に被告人の捜査官に対する各供述調書を検討すると,(中略)右各供述記載は大筋においてその信用性に疑いを容れない。したがって,原判決の認定には右傷害の点を除き所論のような事実誤認はない。しかし,原判決が,被告人の原判示暴行により被害者の被った傷害として,「両下肢不完全麻痺等」の傷害を認定した点は,原審で取り調べた関係各証拠に照らして首肯し難く,この点で原判決は事実を誤認したものであるが,その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。
すなわち,原判決挙示の各証拠によれば,米穀商を営む被告人は原判示の日時ころ,注文された米を配達するため,原判示の被害者方を訪れた際,未亡人である同女(当時49歳)が奥10畳間で着替え中であることを知るや,にわかに劣情を催し,同女を強いて姦淫しようと決意し,同室内に至り,「おっぱい触らせろ。」と言いながら,いきなり同女の乳房付近につかみかかって同女をその場に仰向けに押し倒し,その上に覆いかぶさって両手両足を押さえつけ,「そろそろやりたくなったんでねえか。」,「お前なんか,やってくれなんか言わねえべ,それだからやるんだ。」などと言いながら,同女の陰部に自己の手指を挿入し,更に抵抗する同女の両足首をつかんで持ち上げ,その身体をえびのように押し曲げる等の暴行を加えたが,同女があくまで抵抗したため,姦淫の目的を遂げなかったことが認められ,右のような犯行の経緯及び被告人の言動に徴し,被告人に強姦の犯意があったことは明らかであり,(中略)所論は採用できない。
次に,被告人の暴行により被害者が原判示の各傷害を負ったかどうかの点について検討すると,原判決挙示の関係各証拠,特に,原審証人被害者,同三瓶満の各供述,医師三瓶満作成の診断書及び司法警察員作成の電話聴取書によれば,被害者は被告人の前記暴行により右下腿伸外側部2か所に皮下出血の傷害を負ったこと,そしてその傷害は全治までに約1週間を要する程度のものであったことを認めるに十分である。もっとも,原審証人被害者は,右下腿の皮下出血のあった箇所が右足の内側である旨供述しているが,原審証人三瓶満の供述によると,同医師は,本件犯行の翌日被害者を診断した際,同女の右下腿伸外側部の膝に近い部分に,最近できたものと推定される直径約4センチメートルの大きさの青黒くなった内出血と,ほかに小さな内出血があることを確認しているというのであって,その供述は信用するに足り,この点に反する被害者の右供述は記憶の誤りの類であることがうかがわれるから,両者の供述間に右のような食い違いのあることは何ら前記認定の妨げとなるものではない。
しかしながら,原判示の「両下肢不完全麻痺等」の傷害については,原審証人被害者は,以前双子を出産してから神経をつかったり,疲れたりすると,腰から下が力がなく,歩けなくなったときもあったが,夫が亡くなってからは忘れたように治っていたのに,被告人の本件暴行を受けた後,再び腰が痛く,足の筋がつるようになり,翌日三春の警察署に出頭したときには歩けないような状態になった旨供述しており,三瓶医師作成の右診断書にも,被害者の病名欄に「両下肢不完全麻痺」と記載し,更に自覚症として「頻尿,頭痛,歯痛,下腹部膨満感あり,腰痛あり」と記載してあるが,同医師の原審公判廷における供述によると,被害者を診察した当時,同女の歩行の状態は少し不自由という程度であり,他に他覚的な症状はなく,診断書の右病名は被害者の主訴に基づいて記載したものであることがうかがわれるうえに,原審で取り調べた医師鬼丸高茂作成の報告書(診療録説明書)によると,被害者は,昭和57年11月27日神奈川県相模原市の社会保険相模野病院において,変形性腰椎症で初診を受け,昭和58年1月13日から下肢不完全麻痺の病名により同病院に入院して治療を受けたことがあるが,その間筋電図等の各種の検査の結果によっても著変なく,神経科でヒステリーの診断を受けており,結局かなり心因的な要素の強い下肢不完全麻痺であり,困難,不快から逃れたいという無意識的な願望が疾病への逃癖となっているものと思われる症状であったことが認められ,これらの諸点を併せ考えると,被害者が被告人の原判示暴行により「両下肢不完全麻痺等」の傷害を負ったものと認定するについては,なお合理的な疑いを容れる余地があり,その証明がないことに帰するから,この点において原判決は事実を誤認したものであるが,右傷害を除外しても,被告人が原判示の暴行により被害者に対し全治1週間を要する右下腿伸外側部皮下出血(2か所)の傷害を負わせたことには変わりがないこと等に徴し,その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。論旨は結局理由がない。